日本と浄土教
このように日本へ主教が浸透して言ったのですね。
驚くことばかりです。
日本では7世紀前半に浄土教(浄土思想)が伝えられたが、9世紀前半に円仁(794年-864年)が中国五台山の念仏三昧法を比叡山に伝えた。やがて良源(912年-985年)が『極楽浄土九品往生義』、源信(942年-1017年)が『往生要集』を著して、天台浄土教が盛行するにいたった。藤原頼通が築いた平等院も浄土思想に基づくもの。
平安時代の浄土思想は、主に京都の貴族の信仰であったが、空也(903-972年)は庶民に対しても浄土教を広め、市の聖と呼ばれた。「一人の念仏が万人の念仏と融合する」という融通念仏(大念仏)を説いた良忍(1072年-1132年)は融通念仏宗の祖となった。天台以外でも三論宗の永観(ようかん)(1033年-1111年)や真言宗の覚鑁(かくばん、1095年-1143年)のような念仏者が輩出した。
平安末期から鎌倉時代に入ると、法然(1133年-1212年)が『選択本願念仏集(選択集)』を著して浄土宗を開創し、根本経典を『仏説無量寿経』(曹魏康僧鎧訳)、『仏説観無量寿経』(劉宋畺良耶舎訳)、『仏説阿弥陀経』(姚秦鳩摩羅什訳)の「浄土三部経」に、天親の『浄土論』加え制定した(「三経一論」)。
法然の弟子の親鸞(1173年-1262年)は、『教行信証』等を著して継承発展させ、後に浄土真宗の祖となる。また一遍(1239年-1289年)は諸国を遊行して時宗を開いた。
親鸞の著書に「浄土真宗」・「真宗」とあるのは、宗旨としての「浄土真宗」のことではなく、「真の宗教である浄土宗の教え(法然の教え)」のことである。なお浄土真宗の開祖は親鸞とされているが、それは親鸞歿後に制定されたものである。親鸞自身は独立開宗の意思は無く、法然に師事できた事を生涯の喜びとした。
平安時代後期から鎌倉時代にかけての融通念仏宗、浄土宗、浄土真宗、時宗は、その後それぞれ発達をとげ、日本仏教における一大系統を形成して現在に及んでいる。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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